東山道武蔵路(群馬県・埼玉県)
 急峻な峠を越えると、榛名山麓に平野がひろがり、そこかしこの”牧”では、馬が草を食んでいる・・・。
 およそ1300年前、律令制とともに整備された、直線的な「古代スーパー・ハイウェイ」東山道を東へ進み、信濃国から碓氷峠を越えて上野国に入ると、そんな景観が目に飛び込んでいたのではないでしょうか。
 画像をクリックすると、3DのWebGLになります。マウスやキーボードを操作すると、視点を自由にかえることができます。古代東山道や東山道武蔵路の推定に、チャレンジしてみませんか。

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 その当時の関東平野は、下の図のようになっていたのではないでしょうか。Landsat 8(USGS/NASA)と、ALOS(JAXA)によるAW3Dのデータを利用して、1300年前の関東平野を再現してみました。

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 図1.1300年前の海岸線            図2.1300年前の湿地だったと思われる範囲 

 1300年前の海水面の温度は、現代とおなじくらいか、少し高いぐらいだったようです。しかし、護岸工事や干拓などなかった時代ですから、海岸線は内陸部まで入っていたと思われます(図1)。
 また沖積低地の多い関東平野には、いたるところに湿地がひろがっていたはずです(図2)。もっとも、全面が湿地だったというわけではなく、わずかながら高台になっている洪積台地も少なからずあったと思われます。国土の整備が進んでいる現代の地形を調査する衛星データでは、残念ながら古代の地形を正確に復元することは不可能です。それでも、推定の補助にはなると思います。

 上の画像にリンクしたWebGLは、コントロール・パネルの数値を微調整することで、バーチャルな海岸線や湿地の範囲をシミュレートすることができます。
 細かに調整してゆくと、古代道路の東山道や東山道武蔵路が、そうした湿地をうまく避けて建設されていたことが見えてくるのではないでしょうか。