6月 2016

古代の海岸線と高麗郡建郡

古代の海岸線と高麗建郡1300年
                       中野 不二男
                    
 埼玉県西部の、秩父の山並みにちかい武蔵野の平野に、日高市という町があります。人口5万7000人ほどの、小さな市です。しかし江戸時代までは、周辺の地域をふくむ「高麗郡」という、比較的大きな郡の中心でした。
 かつての武蔵国に「高麗郡」が設置されたのは、西暦716年です。現在の日高市と飯能市をいっしょにしたぐらいの、小さな郡でした。
 2016年5月16日は、その「高麗郡」が建郡されてから1300年の節目で、日高市ではさまざまな行事が行われました。また高麗郡の初代郡司(現代でいう市長のような存在です)であり、1799人の高句麗人を率いてこの地を開拓した高麗王(こまのこきし)若光を祀る高麗神社では、本殿も改築され、外周の塀も美しい板材に一新されるなど、いかにも「節目」を感じさせる雰囲気になっています。今年の高麗神社は、にぎやかになることでしょう。

神奈川古代道路



 ところで、私は高麗郡の成立過程を調べている歴史学者でもなければ、遺跡や遺構の調査や発掘に携わっている考古学者でもありません。地球観測衛星のデータを利用して、さまざまな解析作業により古代地形を抽出する技術の研究をしています。とくに注目している地形は、古代の「畿内」、つまり現在でいう大阪平野を中心とする関西地方。それに古代「武蔵国」の北部、つまり埼玉県北西部や、古代「相模国」の南部、すなわち神奈川県南部の地形についてです。
「武蔵国」の北部と「相模国」の南部を調べるようになったのは、十数年まえに高麗郡建郡のことを知ってからです。高麗神社の歴史については、三十年ぐらい前からなんとなく耳にしたりしていたのですが、そのころは「なるほど、日高市というのは、古い歴史のある土地なのだな」というぐらいでした。

五領ヶ台貝塚


 そして今からちょうど10年前の2006年1月24日に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の陸域観測技術衛星ALOS(エイロス:通称「だいち」)が打ち上げられました。東日本大震災の被害状況を的確に把握し、そのデータを世界に配信して、救援体制の構築に貢献した優れた衛星です。そのALOSが、打ち上げからまもなくして地上に送ってきた最初のデータを見たとき、「これで古代地形を調べることができるのでは・・・」と、ほとんど瞬間的に感じました。これがきっかけで、ALOSのデータを利用して古代の「武蔵国」や「相模国」を調べるようになりました。そして調べてゆくその過程で、若光の行動についても興味と疑問を持つようになりました。
(つづきは、メニューバーの「図書室」から「古代の海岸線と高麗郡建郡」でどうぞ)